獏良とバクラ。
想いはあなたとこなたへ。
近くて遠い君へ、いつも思うこと。
気を許したわけじゃない。認めているわけじゃない。手を取り合おうとは思えない。
でも
拒めないのは何故だろう。
止めようという気も起きない。何故。なぜ。
仲良くなんかしたくねぇし、認めてほしいなんざ思わねぇ。手は足りてるさ、お前なんかいらねぇよ。
だが
寂しいような気もする。
できれば分かってもらいたい。そんな気がする事ぐらい、俺にだって…
「獏良君?どうしたの?」
遊戯君の声に、ハッと我に返る。視線を落とすと、僕の顔に彼の心配そうなまなざしが注がれていた。僕はまた、記憶が飛んだのだろうか…。手早く周りを確認する。僕はみんなと下校中だった。遊戯君に声を掛けられる前の最後の記憶に残っているのは横断歩道。それがすぐそこにある、という事はそう長い時間ボーッとしていたわけでもないのだろう。刹那に白昼夢を見ただけだ。他愛ない白昼夢を…。
「獏良~しっかりしろよ。お前そのうち車に轢かれっぞ。」
城之内君が邪気の無い口調で茶化してくる。
「コラ城之内!!獏良君大丈夫?なんか顔色悪いけど…」
杏子さんが気遣わしげに顔をのぞきこんでくる。
みんな大事な友達だ。僕にとって初めての、本当の友達。今の生活で十分に満たされているはずだ、僕は。大事なみんなに仇なすような事はしたくない。なのに、どうして僕は、まだあのリングを…。
「ゴメン、ちょっとボーッとしちゃったみたいで…。大丈夫、だと思うけど…。うーん、今日のゲーセンはパスしてもいいかな?」
ちなみに体調不良なんて事は無い。でも、あんな夢を見た以上、ゲーセンに寄る気にもなれない。
そして、僕はみんなと別れて帰途に着いた。…夕暮れにさしかかった街を、一人で歩く。僕の頭はさっきの白昼夢でいっぱいだった。あれは、何?僕の妄想?幻?でも、こんなに現実的な考えができる一方で、あれは本当にリングの人格の内部思考でないか、なんて思ってしまう自分もいる。だって、普段僕が思っている事に対する、あまりにそのまんまな返答だったから…。
遊戯君は、パズルの人格と会話ができると言っていた。その上、パズルの人格が表に出ている時、視覚を共有しているらしい。つまり、パズルの人格が体験した事は、等しく遊戯君の体験にもなるわけだ。
僕はそんな事は全く無い。いつも前触れ無く意識を刈り取られ、唐突に開放される。我に返ったと思ったら怪我をしていたなんて事もあった。この状態、ハタから見れば迷惑以外の何ものでもない。
でも
これはこれでいいんじゃないかと思う自分がいる。幸い、彼が僕の体を使って何をしてるのか、僕にはわからない。本当に何をしているかわかったものじゃないから幸いじゃあないのかもしれないけど、記憶の共有が無いのは彼なりの親切なんじゃないかと思ったりもするのだ。
リングの人格が必ずしも遊戯君に益する事をしちゃいないんじゃないか、なんて事は薄々気付いている。リングを遠ざけない事はみんなへの背信行為だってわかってる。でも、僕はどうしてもリングの事を放っておけない。積極的に手伝うつもりは無いけれど、初めて遊戯君達に会った時のように強引に抗う気にも、なれない。どうしても。そして今日の白昼夢。あれが夢か真かなんて事はどうでもいい。夢ならそこまで僕はリングの人格に蝕まれていると言えるし、真なら言うまでもない。僕は抵抗する意思をなくす、一方である。これだけは確実な事実。
どこをどう通ってきたのか僕の部屋があるマンション裏の薄暗い路地に来てしまっていた。これだから考えごとをしながら歩くもんじゃない。城之内君の言った事もあながち冗談じゃあないな…。苦笑を浮かべつつ踵を返す。
そこで
そこで、僕の意識は強引に刈られた。奈落に落ちる感覚。抗う事も何もかも黒く塗りつぶされる眠りへ、闇から闇へと…。
ひたすらに落ちながらも、僕は初めて、これは`交代'だ、と自覚した。僕に悟られるなんてどうした事だろう。もっと華麗に完膚無きまでにやってくれていいのに。僕は非協力的な協力者なんだから…。
…あぁ、そうか、わかった。あの昼の夢は、やっぱり…
そこまで考えにのぼせて、今度こそ。むしろやっと、意識と言う名の僕の電気スタンドは消された。
薄暗い路地の空気が微かによどむ。
「…チッ」
特に用事も無いのに出てきてしまった。しかも焦った挙句の事だ。
「なぁにをやってんだよ、俺は…」
どう考えても何もすべきではなかった。なのに、無意味に慌てて眠らせてしまった。これじゃあ、あまりにもわかりやすすぎる。いかな鈍くさい宿主と言えどもバレバレだ。
「器は器らしく、大人しくしてろってんだ…!!」
苛立ちを押さえられぬままに、バクラは路地を去った。足早に行く彼の横顔が今にも泣きそうに歪んでいたのを見たものは、誰もいなかった。
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