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「 東方永夜抄 」
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永琳と輝夜。

グッドエンディングの少し後ぐらいの時間設定です。

永遠の罪と幸福。


宴は果てた。

幻想の住人はそれぞれの居場所へ帰っていき、そして私たちも、永遠の竹林へと帰ってきた。

自堕落な連中だけで飲んだ割に、太陽を見る前にお開きになってしまったのが少々意外だったが彼女らも疲れているのだろうし、明日からまた生きていくための睡眠を邪魔するのも野暮だろう。…というか、彼女らに疲労を溜めさせたのは他ならぬ私たちだ。

ちなみに私も珍しく疲労を感じてはいる。千年単位で鄙暮らしをしていた身で一世一代の大がかりな術を仕掛けた上に少々の運動もしたのだ。精も根も尽き果てるとまではいかないまでも、多少はだるくなるというものだ。

しかし。

身体と心とは面白いもので、久しぶりに高揚する時間を過ごせたせいか、どうにも目が冴えてしまって眠れそうにない。永遠亭の縁側で、私は月を眺めていた。 懐かしい、帰りたい、戻りたくない、苦しい、眩しい。月を見て心が休まる時なんて無かった。これからもずっと私の罪の象徴で、明るく照らす光は全て断罪の 矢の如く鋭いに違いないけれど。

でも、やっとあの月を微笑んで見上げられるようになった気がする。

思えば月に呪われて縛られた日々だった。しかし、これからは地上に住まう人々のように、私の中で風景の一つとして溶けていくのだ。蓬莱人としての誇りを捨てるつもりは無いけれど、意識も主張もせずに、あるべくして生きていける、生きていきたい。姫のためにも。

「永琳、あなたは眠らないの?」
廊下を兼ねている長い縁側。そこを、姫が長い裾を引きずりながら歩いてくる。…何というか、わかりやすい方だ。今が楽しくて仕方が無いという顔をしている。

「私は一人静かに飲みなおし中です。姫こそ、久しぶりの重労働でお疲れでは?」
「ええ、確かに働きすぎた気はするわね。でも、主の運動不足は従者のあなたの責任では無いの?」
姫が私の隣にすとんと座った。足は投げ出して空をぶらぶら。頬を膨らませるおまけ付き。…お行儀が悪い。とは思ったが姫の言う事ももっともなので甘んじて受け入れておく。
「申し訳も無いことで。姫の事を思えばこそだったんですけど。」
「わかっているわ。私もそこまで子供じゃないし。」
私が自分用に用意したおつまみのメンマを、姫は勝手に口に運んでゆく。まぁ私のものは姫のものでもあるから、別に文句は無いけれど。
「そういえばイナバはどうしたの?見かけないけど。」
「あぁ、帰ってきて即刻寝ちゃいましたよ。事前に酔いづらい煎じ薬を飲ませといたんですけどね。」
「…相変わらず弱いのね。まぁ酒については体質だから文句を言っても始まらないか。」
たまに無理やり晩酌の相手をさせて潰しては面白がっている癖に何を言うか、とちょっと思ったが、私も新薬の臨床を(強制的に)手伝ってもらってるので非難はできない。

「それにしても、地上にこんな楽園があるなんてね。もう少し、この都について知ろうとすれば良かったわ。」
姫がしみじみと言う。全くだ。しかし、隠れ住むのが至上命題だったわけで、今回ぐらいの事が無いと何もわからなかったのだろう。
「まぁ、穢れし地上も捨てたもんでは無かった、と。」
「そういう事ね。さて、もうこれで隠れる必要無くなったわけだし、出歩きたい放題だわ。ねぇ永琳、明日からどうしようかしら。」
子供のように顔を輝かせて姫が迫ってきた。どうしようも何も、好きにすればいいと思うのだが、ずっと内に篭っていたから外の楽しみ方がすぐに思い浮かばないのだろうと思うと、何となく責任を感じた。
「そうですね…とはいえ私もあまり外には行かなかったから…。博霊神社の巫女に幻想郷を案内してもらうとか」
「蓬莱縁の者以外に教えを請うなんて絶対に嫌。」
しまった機嫌を損ねてしまった。
「まぁ私のことはいいわ。いつでも考えられるし、今までもそうやって過ごしてきたのだし。それより永琳はどうするの。もう四六時中張り付く護衛はいらなさそうだけど。」
前から思っていたがこの姫は思考の転換が早い。気まぐれとも言う。私も人の事言えないけど。

…って、何、私がどうするかって…?

「はぁ、特別に妙案があるわけでもないですけど…。」
「じゃあ私が考えてあげる。薬局を開くべきだわ。」
脳から神経系統を通さずに口から飛び出したかのような素っ頓狂な提案。
「月の頭脳をこんな鄙で腐らせてはダメ。その恩恵に与らせるのが地上の穢人っていうのは癪だけど、まぁここには蓬莱人は私たちしかいないから仕方ないし。」
姫はどんどん早口に、そして顔が近づいてくる。その眼差しは綺羅星のように輝き、口元に微笑をたたえて。

「店番は兎どもでいいわね。イナバに集めさせましょう。永琳、呼んできなさい。」
「…はい、仰せのままに。」
私は即座に立ち上がると、姫が先ほどやってきた廊下を逆方向に歩き出した。姫の言うイナバはおそらくてゐの事で、彼女はもう一人のイナバ―うどんげの所にいるはずだ。看病がどうこうと言っていたがいたずらしたいだけだろう。うどんげを助ける義理は無いので放っておいたが。

さっきの姫の突拍子も無い提案には驚いた。あの意気込みだとおそらく実現してしまうだろう。何となく面倒だという思いもあったが、姫の命令とあれば仕方が 無い。何より、姫のあの生き生きとした様子が何より嬉しかった。彼女はあれこれ思い悩む質では無いから今までの長き刻の中で塞ぎこむような事は無かった が、あそこまで輝いているところは見たことが無かった。蓬莱山輝夜―名の如く、この地上で輝ける月人の笑顔が見れるとは夢にも思わなかった。

月に裁かれた姫への、私の贖罪は終わったのかもしれない。

しかし、従う者として、いや、あの姫を愛する者の一人として、あの笑顔を守っていかなければ。義務心ではない、私自身のエゴとして、これからの生はかくあるべきであると。守ることには変わりは無いが、質が違うというのはここまで心境に変化をもたらすものなのか。

月明かりが注ぐ廊下。断罪の矢は許しの光ともなり、溶かして、そして新たな私を創造してゆく。

うどんげとてゐを引っ張り出して、永遠亭の宴の再開ね。

私の薬局開店前祝い、兎達へのねぎらい、そして姫の笑顔に杯を傾けずして何をするか。うどんげは嫌がりそうだが知ったことでは無い。



―――あぁ、私は今、幸せなのかもしれない。



こんな感情が沸き起こるような心の機能はとうの昔に擦り切れたと思っていたのに。
姫のために生きていくことはこれからも永遠に変わらないが、ほんの少しだけ、私自身の幸せについて考えてみてもいいのかもしれない……。

幼子のように浮き立つ心を抑えきれぬままに、私は、長い長い廊下を確実に歩いていったのだった。
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