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「 花に桜の・・・ 弐 」
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遙かなる時空の中で4

忍人と千尋。

忍人ED後の千尋の話。

※EDネタバレを含みます。

EDから数年後の設定です。





「貴方の用事はそれで終わりですか?大事な友人を待たせているのです。そろそろ、退出していただきたいのですが。」
ピシャリと。礼を失さない程度に、しかしこの上なくはっきりと、私は相手の言を拒絶した。相手―中つ国の文官であるが、は逆鱗に触れた事を悟ったのだろう。まだ何か言いたそうなまま、苦虫を噛み潰したような顔をして私の前から去っていった。

彼が視界から消えて、私は息をついた。政は荒事ではなく和事。臣下を叱りつけるような事はあまり好きでは無いのだが、今回ばかりは腹に据えかねた。かつて私が過ごしたあちら側の世界の倫理観を輸入したい、とたまに思う。

「―――そろそろご尊顔を拝してもよろしいか、中つ国の女王よ。」
言い回しは丁寧ながらあくまで不遜な物言い。私は顔を上げて、声の主へ話しかけた。

「アシュヴィン。ごめんなさい、待たせてしまって。こっちへ来て。あと、そんなかしこまった言い方しなくていいよ。人払いしてあるから。」

「フン、せっかくなんだから乗ってこいよ。女王として振舞う凛としたお前も、結構好きなんだから。・・・まぁ、王としての振る舞いはさっき柱の影から見させてもらった。・・・お前の国の人間を悪く言いたくはないが、何だな、無礼な臣下だ。」
軽口で終わるかと思いきや、俄かに真面目な口調となって、アシュヴィンは呟くように言った。私はその言に、曖昧に笑って答える事しかできなかった。

「・・・腹が立ったからこそあんな追い返し方したけど、まぁあの人の気持ちも全くわからないわけじゃないわ。この国は女王を頂いているのだから、私はさっさと結婚して世継ぎを儲ける義務があるっていう理屈は理解できなくもないけど、・・・でも。」
視線を落とす。さっきは気丈に振舞えた。でも、この事を考えると涙が出そうになる。私の気持ちを理解できる人は、この宮にあまりに少ないのだ。

と、アシュヴィンが私の頭へぽんと手をのせた。

「お前の味方はここには少ないだろうな。でも、忘れるな。どんな事があってもお前の理解者たる者は必ず存在する事を。それだけで、あんな有象無象などものの数にも入らないだろう?なぁ、千尋。」
アシュヴィンの顔は見えない。しかし、私はじんわりとした仲間の暖かさを感じた。あの人の喪失、その絶望にさらわれぬよう押し留めてくれていたのも、仲間たちだった。今は国中に散ってしまったが、心は永遠に結ばれている、得がたき仲間。
「・・・そろそろ本題に入るか。今年も持ってきてやったぞ。中々に立派なのが手に入った。」

「ありがとう。毎年もらっちゃって、何か申し訳ないな。私からも何かあげられればいいんだけど・・・。」

「気にするな。お前の好きでやっている事を、俺の一存で勝手に手伝っているだけだ。これは国家の交わりじゃないからな。仲間として、まぁ、取っておけよ。さすがに執務室までは持ち込めないから外に置いてある。そろそろ出ないか。他の連中ももう来ているだろう。」

「そうだね。じゃあ、行こうか。―――桜を植えに。」

―――――――

あの人が永遠に失われてから、幾度か季節が巡った。今では、昔のような悲しい桜の夢は見なくなり、私は毎日の王としての仕事に忙殺されている。覚悟はできていた事ながら、やはり国を立て直すというのは生半なことではやり遂げられない、と実感する日々。それでも、もちろん諦めるなんて選択肢は絶対にありえない。どれだけ苦労が伴おうとも、私の手でこの国を永久の平和へ導いてみせる。そんな、あの人への誓いが今の私の支えでもあった。

国を思い、民を導き、隣国と交わり、今の私は全ておおやけごとの為にある。しかし、ただ一つ、私自身の個人的な思いでやっている事がある。


それは、


橿原宮への桜の植樹。

元々、この宮には桜の樹があった。かの悲劇の時、私への心労を慮って狭井君が消し去った景色を、私は今取り戻そうとしている。取り戻すだけではない。かつて以上に広い範囲で桜を植えて、橿原宮を桜の宮にするのだ。

個人的な事で国庫から費用を捻出するわけにはいかないから、私財を投じて少しづつ、少しづつ桜を増やしていった。財政が厳しく、私財を国庫へ移さなければならない年もあったりして、その歩みは亀のようだったけれど、毎年毎年倦むことなく私は桜を植え続けた。もちろん、庭師に任せきりにはせずに私も土にまみれて樹を植えた。狭井君はいい顔をしなかったけど、風早や、歩往や、あの人をよく知る人たちは一緒になって手伝ってくれた。最初は庭弄りの域を出ないようなものだったけれど、この取り組みは次第に周りに知られるようになってゆく。

まず橿原宮の近くに居る仲間たちが手伝ってくれるようになったのに始まり、遠方に住むサザキやアシュヴィンは中つ国に無い品種の桜を贈ってくれたり、遠夜はお医者さんのように樹の健康に気を遣って時に癒してくれたりもして、私のごくごく身近な範囲のことだったのが徐々に広い輪を作っていった。

そしていつしか・・・橿原の桜の宮の話を聞いたのだろうか、国の人々から、毎年桜の樹が献上品として贈られるようになった。

今、この宮に何本の桜があるのかは定かではない。確かなのは、今でも花は増え続けていて、ここに住まう人々は花のほころびと共に春を知るのだということ。

―――そして、私が咲く花、散る花を見てあの人に思いを馳せるというのだということ。

―――――――

アシュヴィンと私が宮の外へ出ると、もうみんな集まっていた。風早はアシュヴィンが持ってきた樹を立派なものですねと眺め、那岐は心底面倒くさそうにしているが、虫除けになる薬草を持ってきてくれているのを私は知っている。布都彦は庭師に手順を尋ねていて、遠夜は道臣さんと道具を運搬している。その間を嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねていた足往が、私達に気づいてこちらへ駆けてきた。

「姫様!!よーしこれで全員だな、それじゃあ始めるぞ!!」

足往の満面の笑みに、私も自然と顔がほころぶ。他のみんなもこちらに気づいて、手を振ったりしている。待たせてしまった詫びを考えつつも、私はぱたぱたとみんなの元へと走り寄ったのだった。



―――――――――――――――――――――



季節は巡る。過ぎ行く時の中で、宮の桜は毎年美しい花を咲かせた。仲間たちとの集いはいつしか植樹のためから花見へと変わってゆき。

今年も、私たちは橿原宮で満開の桜を眺めている。

―――忍人さん、見えますか?ここをを桜で満たすことを、橿原宮を美しき中つ国の象徴とするためだ、なんて考えている人もいるみたいですけど、違うんです。この桜は全て、愛する貴方のためだけに。・・・なんて言ったら、忍人さんは怒るでしょうか。公私の混同はいけないと。でも、自分で言うのも気恥ずかしいですけど、私、頑張っています。貴方が信じた未来のために、この国のために。だから、このことだけは許してほしい。そして、遠いところからであっても、この桜を見て美しいと思ってほしい。貴方のそばへ私は行く事ができないけれど、この桜を見ている時は、あなたと一緒にいるんだって思っています。同じものを見ているのだから・・・って、そう思いたいんです。どうか、思わせてください―――



・・・まだ国は磐石ではない。私にはまだやらなければいけないことがたくさんある。だから、いくら会いたくても私は黄泉に行くことはできないし、そもそも自ら赴くような真似をしたら忍人さんは絶対に会ってくれないだろう。だから今はせめて散る花に思いを馳せる。風に乗ってあの人のもとへと届くようにと。

「桜、綺麗・・・。」

知らず、言葉がこぼれる。風早がちらりとこちらを見たけれど、声は掛けられなかった。きっと、何とも言えない顔をしているのだろう。私が桜を黙然と眺めている時、みんなは気を使って話しかけてはこない。

はらはらと、花びらが髪に舞い降りる。あの日、私が忍人さんに最期に会った時も、こうして花びらが舞っていた。あの時のように、彼が舞い散る花びらに春を感じられるように。

せめて舞えよ花吹雪。冥府と現の境界を越えて、遙か、彼の元へと。
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