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アレルヤとティエリア。

トレミーにて。アレルヤが持ち帰ってきた鉢植えの花を巡っての問答。

必要と不必要の矛盾。


「何をしている。アレルヤ・ハプティズム」
 
造形物のごとく整った顔の眉根を少し歪ませて、ティエリアが問いかけてきた。常々感じていた事だが、いつもこんな表情をしている彼はせっかくの美形を台無しにしている。などとティエリアの顔を見つめながら考えていたら、彼の問い掛けに答えるのをすっかり失念してしまった。
 
「…さっさと質問に答えろ。あと人の顔をジロジロ見るな。」
 
しまった更に怒らせた。…まぁ自業自得か。
 
「悪かったよ…。えっとね、花に水をやってるんだ。もう終わったけど。」
 
僕は、空になったジョウロを少し振ってみせた。金属製の小ぶりな品で、ジョウロというより水差しと言った方がいいかもしれない。ちなみにコレは、コップで水をやっているのを見かねたらしいクリスからの貰い物だ。
 
「君は馬鹿か。そんな事を聞いているんじゃない。その行為そのものの意義を尋ねている。」
 
ティエリアの眉根は寄る一方だ。
「行為そのもの…って、花を育ててることについて?」
 
ティエリアの視線の先には、鉢植えの花がある。先だっての地上ミッションの折に僕が買い求めたものだ。物資の補充を兼ねた買い出しの際だったので荷物がとても多く、鉢植えのような運搬に繊細な扱いを求められるものははっきり言って持ちづらくて邪魔だったのだが、花屋の店先に凛と咲く美しさに魅せられて買わずにはいられなかった。同行者だったロックオンは「物好きだな。」と苦笑したが、その後すぐに「ちゃんと世話しろよ。」と言ってくれた。同行者が彼だったから、宇宙まで連れ帰って来れた。そんな、花。気品を感じさせるたたずまいのリンドウの花。
 
「そうだ。たかがこれだけの事を理解するのに君はどれだけかかるんだ」
 
相変わらずティエリアの物言いは切れ味が良すぎる。そこに嫌味が介在しないから余計に傷つく。全て本心だというのは美徳になりえるが彼の場合は裏目にしか出ない。…いや、ティエリア自身にとって裏目も何も無いか。
 
「うーん、意義なんて大層なものは…。単に、ここは無機質なところだから花でもあれば心が休まるかと思って。目にも楽しいし。」
 
トレミーの内装は白を基調とした無機質なものだ。というか輸送艦の内装にインテリアの概念は全くもって必要ないから、あるべき姿だと思う。
 
ただ、そんな戦いのためだけに存在するものの中に、癒しとなるものを置きたかった…それだけ。
 
「理解できないな。そのような植物の必要性は全く無い。役に立たないという点で言えばゴミ以下だ。」
 
…何というか、予想通り過ぎて逆に笑いそうになってしまった。必要論で言えばまさしくティエリアの言う通り、このちっぽけな花は無用の長物だ。「計画の遂行」という目的と照らし合わせ可能な限り無駄を削ぎ落とした思考に体を与え自立させたような存在に思えるティエリアにとって、この花の意味はわからないのだろう。説いても理解は得られまい。でも。
 
「ティエリア、僕たちは紛争根絶のために日々動いているよね。」
 
「……?それがどうした。」
 
いきなり話が飛躍したからか、ティエリアが怪訝な顔をした。
 
「紛争が根絶された世界の先には何があると思う?僕はね、安らかな時間があってほしいと思ってる。何者にも脅かされない、暖かな時間が。」
 
ティエリアは黙っている。何か反論されると思ったので少し驚いたが、構わず続けることにする。
 
「僕はね、安らかな時間っていうのは一見無駄な事ばかりに時を消費することだと思うんだ。例えば、花を愛でたりとか…。人は、生命維持活動だけ欠かさなければ、とりあえず生きていける。でも、そんな人だらけの世界は、安らかとは思えない。」
 
ここで一息つく。ティエリアはというと、刺すような激しい視線を投げかけてきていた。
 
「あの、ティエリア、君が不快ならここで終わりにしても…」
 
「ここまで喋ってやめるつもりか。いいから最後まで言え。」
 
気を遣ったつもりが逆に機嫌を損ねてしまった。更に悪くならないうちに、続けることにした。
 
「だから…だから、紛争根絶を、安らかな時間の獲得を目指している立場の僕らが、"目的のためにただ存在するだけ"では、理想は成し得ないんじゃないかな。せめて、花を育てて、綺麗だと感じる心の余裕はあってもいいんじゃないか……そう思って育てているんだ。意義はこんなところかな…長くなったけど。」
 
ちらとティエリアを見る。彼は、目を閉じて何か思案している様子だった。ティエリア、と僕が声を掛けるのよりも、彼が目を開けてこちらを向き直る方が早かった。

「アレルヤ・ハプティズム。君の言う事は俺にはやはり理解しがたい」

きっぱりとティエリアは言った。しかし、眉間に皺は無く、先ほどまでの怒気は消えていた。

「しかし、君が考える“花を育てる意義”が間違ったものではないという事は感じられた。だから…その花をゴミと言った事は謝る。」

ティエリアは目を伏せ、若干寂しげな表情を作ったように見えた。それは、彼の長い睫毛が落とす影のためかもしれないし、視線がこちらを向いていないからかもしれない。ただ、相対する僕は感じた。ティエリアは、理解できない事を少し歯がゆく思っている事を。

「時間を取らせた…失礼する。」

僕はまだ話したかったのに、ティエリアは一方的に話を中断するとふいっと踵を返し、無重力を利用してふわりと去ってしまった。残された僕は水差しを持ったまま棒立ちという間抜けな格好で、ティエリアがドアの向こうに去った後に溜息を一つついて、手近な椅子にすとんと座った。視線の先には鉢植えの花。花弁は青く、花も葉も先が鋭く尖っている。凛として清楚な青と、気品を感じさせる造形と。この清貧さに、僕は魅かれたのだ。

リンドウの花。これを見かけた時に、真っ先にティエリアの事を思い出した。在り方が似ている、と。ティエリアにこの事を話したらきっと怒るだろう。存在理由が曖昧な花なんかに例えるな、と。人にとって癒し以外に特に用途の無い花と言う存在に、目的意識の塊みたいなティエリアの影を見出した事に何だか嬉しさを感じて僕はこの花を買い求めたのだ。わざわざリンドウを買った理由はそんな感じで、トレミーに持ち帰ったのはさっき言った通りにクルーのみんなに花を見て笑える時間を持って欲しかったから。もちろんその中にティエリアも入る。拒否されるってわかってはいたけど、プトレマイオスで一番気を張っている彼にも、安らぎを感じる時間があってほしかった。所詮は僕のエゴで、偽善で、ティエリアにとってそんな時間は必要ないのかもしれないけど。

けれど、さっきの会話で感じたティエリアの微妙な歯がゆさが僕の考える通りのものなら、彼にもきっとそんな時間が存在しうる潜在可能性は否定できないと思うのだ。

さて、とはいえ稀代のテロリストがいつまでも花を前に呆けているわけにもいかないから、本業に戻ろう。僕は椅子から立ち、鉢植えをテーブルの中心に動かした。この大テーブルは食事場所も兼ねるから、ここに置いておくのが一番人の目につく。水差しを棚に片したのち、僕は部屋を後にした。向かうはドック。キュリオスの整備をして次のミッションを待とう。





―――――花を眺めて癒しを得る。その一方で人殺しの爪を研ぐ。

この矛盾にどうしようもなく胸が締め付けられるけれど、それを解消できる位置にいられる以上甘い事は言ってられない。

悲しい連鎖が全て断ち切られ世に平穏が訪れた時…どれだけ先だろうか。その時に、彼が花を美しいと、必要だと感じられるようになればいい。笑えるようになればいいと、そう願いながら、花に水をやる同じ手で、僕は人を殺してゆくのだ。

いつか、終わりが来ると信じて。

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