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「 花に桜の・・・ 参 」
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遙かなる時空の中で4

忍人と千尋。

忍人ED後の千尋の話。

※EDネタバレを含みます。

EDから数十年後の設定です。


夜、橿原宮の自室。

椅子に腰掛けて、窓の外を眺める。見上げれば星、見下ろせば森。

私の愛した国は、今日も穏やかな一日を経て眠りについている。
その事実を肌で感じて安堵し

ふと、視線を落とす。

膝に乗せられた私の手が見える。深い皺が刻まれ、ところどころ節くれだっている。
少女の頃は弓を持ち、平和を得て筆に持ち替え、そして桜の絨毯を宮に敷いた、この手。いつだって正しいと信ずることのために動かしてきた。国のため、良き王たるために・・・

―――否、あの人の期待に応えるために。

あの人に、もう名前を読んでもらえることは無いのだと。その無情な現実を突きつけられてから、長い時が経った。幾度春が巡ったのか、正確な数はわからない。しかし、私がすっかり老い果てる程度の時は経っている。ここに至るまで、思えば残酷な日々。あの人への想いゆえに世界に絶望し、しかし彼を想うがゆえに黄泉路へもゆけず、ただ一つ残された彼との徴―愛した人から捧げられた忠誠に寄り添うように生きてきた。

国と共に在ること。

それがあの人への想いに殉ずる事にもなる。そう信じて、それだけを支えとして、ここまで。そう、やっとここまで。

今まで生きてきて、一人として伴侶と呼べるような存在は作らなかった。従って子も為していない。全て公のため、国のためだけに存在した私という王の、唯一にして王として最も許されざる禁忌。

王が老いて、正統な血が継がれていない今、後継はどうなるのだろうという不安が巷では渦巻いているらしい。しかし既に次代の王は定めてある。その人は巫としての力が強く、民や官人を率いていくだけの器を持った強い人。私が、婚儀をはねつけ続ける一方で根気強く探し続けていた、王の器を持つ人。

いるのかどうかもわからない神の加護にすがり、その神の声を聞く血筋の者が常に政をするというこの国の在り方に、私は長い間疑問を感じていた。意味の無い血統支配は終わる。私の後、この国は血ではなく器で代を変えてゆく。これが、私がこの国に対してできる最後のまつりごと。これで、私の役目は終わったのだ。

満たされた思いを胸に抱き、満天の星空を見上げる。

―――忍人さん。もう、あなたの元へ行ってもいいですか?

空へ問いかける。星がかえりごとをくれるはずもないとわかってはいるけれど、流れ星の一つも見せてはくれまいかと、子供のような思いを込めて。

と、その時、ふと・・・微かな風と共に、桜の花びらが、ひとひら。ふわりと舞い降りて。

―――千尋。よく、頑張ったな。

何十年もの間焦がれ、求め、愛し続けた彼の声で、私が最も欲しかった言葉が背後で紡がれた。

「っ・・・ぁ・・・」

言葉を発するのももどかしい。私は、既に介添えなしでは歩けないはずの足でしゃんと立ち上がり、老いゆえ思うままに動かせないはずの体を素早く捻って後ろを振り返る。

「忍人さん・・・。」

振り返った視線の先には彼がいた。喪失のすぐ後、夢路に彷徨い出て自ら作り出した幻ではない、まぎれもない彼自身が。

「っ・・・忍人さん、私、やっと・・・。」

言葉にできない想いが奔流の如く溢れ出す。幻ではないという確信の一方で、触れたら消えてしまうような不安も拭えず、駆け寄らずに一歩一歩彼に近づいてゆく。

「やっと、貴方に・・・」

視線の先にいる彼はあの時のまま、国を取り戻した時の、あのままの姿。そして、私も・・・彼の元へ歩む一足ごとに戻ってゆく。黄金の髪をたなびかせ、弓を持って共に戦った少女の頃へ・・・

「やっと貴方に言える、やっと・・・」

彼が優しく微笑み、こちらへ手を差し出してくる。

―――あぁ、彼はそこにいる。これからは、ずっと側にいてくれる。

そう感じると共に、私は駆け出した。そして、思い切り抱きつく。

「年を重ねて落ち着いたかと思ったが、お転婆なところはあまり変わっていないようだな。」

私を抱きとめ、優しく頭を撫ぜながら、彼が言った。

「忍人さん・・・。」

否定も肯定もせず、彼に触れていて、触れられている幸せを感じながら、私はそのままでいた。しばらくそうして寄り添って、そして私はやっと―――初めて、何よりも尊い想いを言霊に乗せる。

「ずっと貴方に言いたかった。言えないままここまで来てしまった・・・。」

あの日の絶望と、これまでの日々と、今ここにある幸せと、様々な思いが入り混じって、形容しがたい感情が渦巻く。

涙が溢れて、笑顔が零れる。そんな、自分でもよくわからない表情のままで彼の瞳をまっすぐ見つめて、言った。

「私は、貴方を・・・愛しています。」

恥ずかしさに視線を逸らして、抱きついたまま彼の胸に顔を埋める。その後はもう、涙しか出てこなかった。悲しいわけではない。しかし幸せゆえの涙ではない。何故泣いているのかもわからない。肩を震わせてしゃくりあげる私に、彼は囁いた。

「千尋、・・・俺も君を、愛している。」

はっと視線を上げ、彼の顔を見る。彼は、あの時と同じように不器用に照れて、そしてやわらかく微笑んだ。

「これからはずっと一緒にいよう。側にいさせてくれ。約束を守れなかった俺が、こんな事を言うのは図々しいかもしれないが。」

「そんな、そんな事無いです、だから、ずっと私と一緒にいてください。あの日の約束はこれから果たしましょう。忍人さんも黄泉から見たでしょう?橿原宮の桜吹雪・・・」


二人は寄り添い、手に手を取って何処かへと去る。標はなく、ゆえに自由に。長き時を越えて結ばれた魂は、永久の春を謳歌する。

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或る女王の小さな恋の軌跡とその伝承は、ここに終焉を迎える。
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